石田のストーリー

  1. 石田の独立までのストーリー11

    天井はすこし黄ばんできており、所々にシミがある。目が覚めるといつもその天井が視界に入る。しかしこの日ばかりは違った。すぐに携帯の液晶画面に目をやった。12月21日と表示されている。間違いない。メルマガ広告が掲載される日だ。昨日は何度も同じ夢を見た。

  2. 石田の独立までのストーリー9

    ~ 音声CDの完成と、初の広告 ~目標期限まであと3ヶ月。初の自作商品をメルマガ広告に出稿。果たして・・・売れるのか?─ ◇ ─ ◇ ─ ◇ ─ ◇ ─ ◇ ─ ◇ ─ ◇ ─ ◇ ─ ◇ ─窓に目をやった。透明であるはずのガラスが、真っ白く変色している。

  3. 石田の独立までのストーリー10

    「聞く教科書 ~ 1日10分聞くだけで、あなたもIT試験に簡単合格」そう入力し、「広告申し込みを確定する」をクリックした。ある人気のIT系メルマガのヘッダー広告枠は1万円だった。

  4. 石田の独立までのストーリー8

    『まいったな・・・』携帯の時計を見る。AM 4:46自宅から締め出されて、30分が過ぎていたことを知る。5年前の痴漢騒ぎ。それさえなければ、こんな目に遭わなかったのに・・・。北海道の12月、早朝。凍死してもおかしくない環境である。

  5. 石田の独立までのストーリー4

    2005年7月。ちょうど1年後、私は給料を超える副業収入を手にすることになる。しかし当時はそんな夢みたいな事実を、とても信じることができなかった。

  6. 石田の独立までのストーリー3

    ~ 1365円の投資 ~2004年秋。私は中国語検定の準4級に合格した。中国に興味があったわけではない。確かに三国志は好きだが、あくまで御伽噺として読んでいただけである。また大学の専攻が中国語だったわけでもない。

  7. 石田の独立までのストーリー2

    2006年7月。それは副業収入が会社の給料を超えた月だ。ビジネスモデルは「マーケティングソフトを売る」。そして2006年4月に開発を始めたソフトウェアがブレイク。一気に私の名前が知れ渡り、いまでも当時のソフト名を出すと「ああ、あの石田さん」と思い出してくれる人も多い。

  8. 石田の独立までのストーリー1

    『会社を作ろうと思うんです』2007年2月、私は社長にこう話した。実質「退職したい」という意思表示だ。『そうか・・・』と、残念がってくれながらも了承してくれた。そして『9月のボーナスをもらってからにしたら』と、ありがたい言葉をもらった。

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