石田のストーリー

  1. 石田の独立までのストーリー21

    部長『え!?名刺ないの!?』石田『すいません』またいつもの「すいません」だ。サラリーマンプログラマだった時代。何度「すいません」と言ったことか。謝罪は失敗の数に正比例する。2006年秋。新しい派遣先の面接の日。

  2. 石田の独立までのストーリー20

    6年前。2006年7月。サラリーマンであった私は失意のどん底にいた。 ”あらかじめ決められた期日より「早く完成」したらダメ。” ”一ヶ月に180時間仕事しないとだめ。2月でも無関係に180時間” ”昼休憩は50分。” ”偉ーい役員がお客さんと行った打ち合わせ。

  3. 石田の独立までのストーリー19

    銀行残高は3万円を切っていた。しかし・・・あたかもそれが合図だったかのように大量の注文メールが、メールボックスを独占するようになる。私は3万円の資金でいったい何をしたのか?・・・実はこの3万円は一切使っていない。つまり無料である仕掛けを行ったのだ。2006年7月。

  4. 石田の独立までのストーリー18

    さかのぼること4年前。2002年2月。会計事務所に勤めていた。会社から帰ってから毎日2時間使い「アクセス解析」システムを開発していた。※子供がいなかったので、結構時間があった。

  5. 石田の独立までのストーリー17

    札幌でセミナーを行った。2012年7月1日。その4次会は朝3:30に終了。私はすすきのでタクシーを拾い、乗り込んだ。福住の自宅に着いたのは4時ちょっと前。きれいな朝焼けが、真っ白な雲をオレンジ色に変えていた。

  6. 石田の独立までのストーリー16

    ヒヨコがゆっくりと浮かび上がる。水面に到達すると同時に、また底まで沈める。これを10回くらい繰り返したとき、とんでもないことが起きる。その「とんでもないこと」とは?ソフト販売で独立する。夢のある響きだ。

  7. 石田の独立までのストーリー15

    今日も1通、相談メールが届きました。─ ◆ ─ ◆ ─ ◆ ─ ◆ ─ ◆ ─ ◆ ─ ◆ ─ ◆ ─ ◆ ─私のメールボックスには、たくさんの相談メールが届く。『プログラマを「使い捨て」と考えている現状には、もう我慢できません』『子供が2人います。

  8. 石田の独立までのストーリー14

    いいね!お願いします!─ ◇ ─ ◇ ─ ◇ ─ ◇ ─ ◇ ─ ◇ ─『27か・・・』手帳を開く。前半はスケジュール帳になっている。カレンダーの2月2日の欄に『27』と書いた。この数字は、目標達成期限までの残り日数を示している。2006年2月。

  9. 石田の独立までのストーリー13

    12月25日、23:15、私は救急病院にいた。クリスマスに救急病院。これほど不釣り合いなものはない。つい1週間前に妻が、里帰り出産から帰って来ていた。久しぶりのわが子との対面に喜んでいるのもつかのま、大変な育児が待っていた。修羅場。戦場。

  10. 石田の独立までのストーリー12

    0と1の違い。0に何を掛けてもゼロ。その他の数字とは根本的に違う。インド人が発見したという話を聞いたことがあるが、相当な知性である。そのおかげで我々は「何も生まれていない」状態に気がつくことができた。2005年12月25日。奇しくもクリスマス。

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